ストライクウィッチーズのSSを書いてます。 その他百合中心で書くつもりですが、普通の日記も書くかも。
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SS「LastWitch Standing」 (エイラvsゲルト, 33KB)
ゲルトとエイラの死闘。勝利者などいない。
※お姉ちゃんが壊れてますので注意

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LastWitch Standing


 ――なんでこいつと、こういう事になっているのか。

 汗が首筋を伝い、鎖骨の上を滑り落ちた。

「……もう止めたほうがいいんじゃないカ? バルクホルン大尉?」
 頬を上気させて、エイラが聞く。熱っぽい目が値踏みするようにバルクホルンを見ている。
 バルクホルンとエイラは、それほど親しいという訳でもない。でもその口調は、彼女が悪戯を企んでいる時の口調だ。それだけは、何故か分かった。

「……馬鹿を言うな」
 笑って言い返すが、声が喉に絡んでかすれたのが、自分でも分かった。強がりに聞こえはしなかっただろうか――落ち着きを取り戻そうと唇を舐める。
 熱気が肌にまとわり付く。熱い息が、むっとするような空気の中に解けて行く。
 目をかたく閉じ、不快にも思える感覚を出来る限り遮断しようとする。鉄の規律で鍛えられた精神。カールスラント軍人としての誇り。荒れる心にそれを浮かべ、それにしがみつく。
 ……これ以上は止めるべきだ。冗談で済ませられるうちに止めないと。
 心の発する警告の声をうるさいほどに感じながら、ここから動くことが出来ない。

 ……私は、何を、やってるんだ……?

「……15分、経ったナ」
 エイラが手を伸ばし、砂が落ち切った砂時計を引っくり返した。手に持った白樺の枝で自分の肩をぺたぺたはたきながら、少し離れた所に座っているバルクホルンに声をかける。
「……そろそろ出ないカ? 大尉」
「……お前が先に出ろ。私は残る」
「意地っ張りダナー、大尉は」
 たしなめるような事を言いながら、エイラはなぜか楽しそうだ。

 気温90℃の世界。にらみ合う二人の戦場。それがここ、スオムスのサウナ。
 二人がここに身を投じて、15分が経った。一緒に入った殆どの者がここを去り、残っているのはバルクホルンとエイラだけ。二人はお互いに熱気に耐えながら、腰を上げようとしない。
「……お前こそどうだ? 降参しろエイラ」
「……ムリダナ。出るのは大尉が先ダ」
 立ち込める湯気の向こう、余裕の表情で笑うエイラ。彼女に気づかれないように、バルクホルンは奥歯を噛む。
 体の表面を汗が滑り落ちる。間断なく続く暑さと脱水に、容赦なく意識が刈り取られ、希釈されていく。
 だが笑うエイラを前にして、退く事は出来ない。自ら挑んだ勝負を撤回することなど出来はしない。

 退く訳にはいかない。カールスラント軍人として。お姉ちゃんとして。
 退きはしない。たとえ相手がサウナの本場者であろうとも。

 腕を組んだまま、バルクホルンは指を握り締めた。



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 その日のサウナは、何故か盛況だった。
 常連であるエイラとサーニャに加えて、バルクホルン、エーリカ、芳佳リーネにシャーリーとルッキーニが顔を揃え、それぞれが、思い思いの体勢で寝ころび、あるいは座りながらくつろいでいた。

「……なんなんダ? どうしたんだヨ今日は?」

 いつもとは違うサウナの人口密度にエイラは戸惑う。
 基地に設けられたサウナを主に使っているのはエイラとサーニャであり、他の隊員は扶桑式の風呂かシャワーで入浴を済ませるのが普通だ。これだけ多くの人間が顔をそろえることは珍しい。
 理由など特になく、たまたま、と言うことなのだろう。けれど、サウナがこれだけ多くの人に利用されているのを見るのは、エイラにとって悪い物ではなかった。折角、これだけ広い空間なのだから。
「じゃ、そろそろ出るぞー」
「ヴーあだしも出るー」
 くつろいだり暑さに文句を言ったり暑さにかまわず寝てたり、それぞれが時間をすごした後で、シャーリーが立ち上がる。暑さに舌を出して伸びていたルッキーニが、敷いていた毛布をたたみ始めた。シャーリーは頭に巻いていたタオルを肩にかけてそれを見守る。
 サウナの奥から、笑い声が聞こえてきたのは、その時だった。
「……ふふん」
 ヒーターのすぐ側に座って腕組みしたまま、バルクホルンがシャーリーを見つめていた。
「……だらしがないぞリベリアン」
「何がだよ」
「この程度の暑さで音を上げるとは、リベリオン軍の練度も知れるな」
「なんだよそれ? 関係ないだろ?」
 むっとしながら言い返したシャーリー。だがシャーリーは、すぐに意地悪い笑いををうかべて言った。
「ていうか、お前こそ大丈夫なのかー? 夕べ遅くまで隊長に付き合ったんだろ?」
「ふん」
 目を閉じてシャーリーの言葉を一蹴するバルクホルン。シャーリーはにやあっと笑い、バルクホルンのほうに身を乗り出す。
「……無理して入ってんだろ」
 ぴくり。バルクホルンの眉がつり上がる。
「あー。昨日ちょっと飲みすぎたんだよねー」
「……っ! 余計な事を言うなエーリカ!」
「いーじゃん、二日酔いぐらい」
「良くない!」
 エーリカが横から口を挟み、バルクホルンはふんっと顔を逸らす。
「あー。そういうことー」
「うるさい! 無理などするか!
 ……大体、この程度の暑さ、カールスラントからの撤退戦を思えば、何の事はないだろう?」
 飲みすぎた醜態を思い出したのか、それとも単に引っ込みがつかなくなったのか、バルクホルンは意地になって声を上げる。
「あーそー。ほどほどにしろよなー」
 そんなバルクホルンにやる気のない言葉をかけて、シャーリーは帰るぞー、とルッキーニを呼び寄せた。
「あ、じゃあ私も出ます!」
「じゃあ私も……」
「あぢー。私も出るわー……」
 シャーリー達に続いて芳佳とリーネ、それからエーリカが立ち上がる。サーニャもそろそろ出たほうがいいよな、と思い、エイラはサーニャに声をかけた。
「サーニャは大丈夫カ?」
「……エイラは?」
「先に行ってナヨ。私は大尉が出たら出るカラ」
 サーニャの問いに答えて、エイラが言ったその言葉。そしてそれを聞いて、次に芳佳が言った一言。
 何気なく言われたその言葉が、その後のバルクホルンとエイラの運命を決定づけた。

「――あ、じゃあ、サウナ勝負ですね?」

「勝負ぅ?」
「勝負…だと?」
 エイラとバルクホルンが同時に聞き返す。
 何言ってんだオマエ、と眉をひそめるエイラと、「ふむ」と目を閉じて何事かを考え始めるバルクホルン。
「あ、いや……勝負っていっても、そんな大げさなものじゃなくて……」
 芳佳はその二人に向かって、あわてて自分の言葉の意味を説明する。
「扶桑では我慢大会って言うのがあってですね、それに似てるなって」
「……ガマン大会? 何だソレ?」
「夏や冬、お祭りのときなんかにやるんですけど、夏には暑い部屋の中で、暖房つけて服を着込んで熱い物食べて、誰が一番長く耐えられるかって、我慢強さと言うか、忍耐力を競い合うんです。
 それで、バルクホルンさんこういうの得意そうだし、エイラさんはスオムスの人だし、いい勝負かなって」
「……あのなミヤフジー。サウナってのは、我慢して入るもんじゃないんダゾ?」
「ご、ごめん! でもなんだか雰囲気が似てて……」
「とにかく、スオムスのサウナは身体を温めるもんであって、耐えるもんじゃないんダ。お祭りの余興と一緒にスンナ」
「……ごめん。そうだね」
 手を合わせて芳佳が謝る。
「……いーケドナー。サウナ珍しいんだろうシ……」
 エイラが頭の後ろで腕を組みながら口を尖らせる。すねたその顔が可笑しくて「ごめんなさい」と言いながら芳佳が笑う。それにつられてサーニャがにっこり。
 それで終わるはずだったエイラと芳佳の会話。そこで話を、まぜっかえす人がいた。

「なるほど……忍耐力の勝負か……」
「エ?」

 ――さらっと流してしまうべき話を、ややこしくしてしまう人がいる。
 真面目で頑固なだけに、ややこしい話をさらに突き進めてしまう、困った人がいる。

 自分に厳しそうな条件に、つい食いついてしまう人。
 芳佳から「得意そう」と言われたことで、お姉ちゃんハートに火がついてしまう、とてもとても困った人。

「――座れ。ユーティライネン少尉」

 バルクホルンが腕を組み、目を閉じたまま不敵な笑みを浮かべていた。
 ――うわやる気だヨこの人。名指しされたエイラはげんなりしながら、続くバルクホルンの言葉を聞く。

「どちらが長く耐えられるか、勝負だ」

(マジカヨー……。)
 心の中で呟く。
 忍耐力でエイラを上回るべく、勝負を挑んできたバルクホルン。だが、エイラはエイラで、サウナを出るのは自分が最後と決めていた。エイラにはこのサウナのホストとして、使う人が安全に利用できるかを見ていなければいけないという自負がある。それにみんなが出た後に、ボイラーからサウナに送られてくる蒸気を止めなければいけないという任務があるからだ。

「――他に出たい者は出ろ。私は止めない」

 ほかの全員に向かって、バルクホルンが言う。どうする? と顔を見合わせる一同。

(……ひょっとして誰か付き合ってくれるのカナー。)

 そんな期待が、エイラの中に生まれる。

「シャーリー、早く出よーよー!」
「……まぁルッキーニはじっとしてるの苦手そうダシナー。しょうがないカ……」
「……あー、トゥルーデああなっちゃうと折れないからねぇ……」
「……あまり遅くなったらミーナ中佐呼んで来てクレ……」
「エイラさん……大丈夫ですか? 大尉も何だか疲れてるみたいだし……」
「気が済んだら出るダロ。私は不幸ダケド」
「まー面白そうじゃない? 二人とも頑張れよー!」
「無責任な事言うナヨー。付き合ってクレヨー」
「……あはは、あの……ごめん……なんか、悪い事言っちゃったみたいで……」
「大尉煽るのやめてクレ。マジデ」
「エイラ、大丈夫?」
「先に行ってなヨ。私もすぐ行くカラ」

(……せめて止めたりしてくれないのカナー……。)

 人情紙風船。エイラとバルクホルンを残して、ぞろぞろと扉に向かい始めるその他全員。勝手に敢闘を祈ったり同情してくれたりするみんなをエイラは呆れ顔やら笑顔やらで送り出す。
 そして全員が扉の向こうに消えた。がやがや言う声が遠ざかり、残されたのは無言の二人。エイラは砂が落ちきった砂時計を裏返す。

 サウナの中で無言のまま、時間が流れる。
 ――でもまぁ。人の少なくなったサウナでエイラはバルクホルンを見る。
 エイラの様子をうかがいながら、なぜか楽しそうなバルクホルン。エイラもこういった「遊び」は嫌いではない。理不尽な挑戦をされたのはともかく、落ち着いてみるとこの状況を楽しむ余裕すら出てくる。

 ――まぁ、大尉となんて珍しいし、サウナ気に入ってくれたのなら、付き合うのもいいかもナ――。

 エイラはその時、そう思っていた。
 あくまでこの時点では、そう思っていた。



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「大丈夫か大尉、なんか疲れた顔をしてるゾ?」
「……」
「……大尉?」
「……なん…だ?」

 二回声をかけられて、バルクホルンがようやく返事をした。でんと座って腕を組みながら、だらだらと体中から汗を流している。心なしか目がうつろだ。

「……ダイジョブか? 無理は良く無いんだゾ」
「問題ない……お前こそどうなんだ?」
「一度に15分以上入ってるのはあんまナイナ。慣れればなんて事はないケド」
「慣れ、か……そうだな」
 バルクホルンは目を閉じる。
「この程度の暑さなら、確かに耐えられる。だが、それに慣れて当たり前になる事とは違うな……」
「カモナー」
「……あの撤退戦もそうだ。この暑さの中にいると思い出す」
「……?」
「あれが当たり前になりきってしまうことは、やはり悲しいことだ。そして今の生活も」
「……そっか」
「住み慣れた土地と、大事な人と引き裂かれて暮らし続ける生活。それに慣れきってしまう事は、とても悲しい事だ。
 私は構わない。フラウとミーナも、たぶんそうだと思う。だがこれ以上、そんな思いをする人を増やしたくないから……だから……私は……」
「ふぅん……」
 小さく相槌を打ちながら、エイラはカールスラントの3人の戦歴を思いだす。エイラの大切な人と同じ様に、彼女たちも祖国を追われてここに来ていることを。
「……妹さんは、元気なのカ」
「ああ」
 病院にいるバルクホルンの妹のことを思い出しながら、エイラが聞く。バルクホルンはそれを聞いて、ようやく顔を綻ばせた。
「まだベッドから出ることは出来ないが、元気そうだ。病院の人とも仲良くやってるようだが、入院生活は退屈なものだし……それに、あれほどのショックを受けていたからな。少しでも長く傍にいてやりたい……また休暇をとらないといけないな」
「……ソウカー。早く一緒にいられるようになればいいナ」
 ようやく笑ってくれたな、ほっとしながらエイラが返事をする。バルクホルンは足元を見つめ、照れた様に笑いながら、呟くように話し続ける。
「……もっとも、今は意識が戻っただけでも十分だがな。
 訪ねていっても気の利いた話はなかなか出来ないんだが、それでも心細いんだろう。うれしそうな顔を見せてくれてな。
 シュニッテン(焼菓子)を食べさせようとしたときは『子供じゃないんだから』とすごく恥ずかしそうにしていたっけ」
「……ふーん」
「それに『起きるまで見てるからな』と言って、本当に十時間ほど寝顔を監視していたら『お、起こしてくれてもいいんだからね……』と照れたり、快気祝いにクリスと私の扶桑人形を隊に配ろうとミーナに予算を申請したが断られた事を話すと『恥ずかしいことしないでおねえちゃん!』と枕で叩かれたり……ふふ」
「大尉……?」
 あんた何やってんだよ。呆れながらエイラは思わずバルクホルンから距離をとる。
「そして『もう、お姉ちゃんの馬鹿!』と言われて布団をかぶられた日には……お姉ちゃんもう……お姉ちゃんもう……ふふ……ふふふふ……ふふふ」
「う……」
 笑いすぎ。笑顔見せすぎ。うつむいて肩を震わせながら、バルクホルンが笑っている。
 変なスイッチが入ってしまったバルクホルン。しんみりしていた筈の部屋の空気が、いつのまにかよどんだ雰囲気に変わっていく。くくくっと笑い、口元をぬぐってからバルクホルンの言葉は続く。
「……忘れていた。これが妹! ミーナのビンタのように芯にずしりと響く萌え! これだ。こうでなくては!」
「……た、大尉……?」
「やはり妹は素敵だ! これがあれば毎日だって戦える! お前もそう思うだろう!?」
「た、大尉!? え? ……なに? エ?」
 ……あの同意求められましても。うろたえるエイラにバルクホルンが詰め寄る。
「どうしたユーティライネン! 返答は軍人らしく明瞭に! YESなら『そうだねお姉ちゃん』! NOなら『もう…何いってるのお姉ちゃんたら』だ!」
「た……大尉? なんダ! 何なんダヨ!?」
 ずざざっ。エイラはバルクホルンから離れて壁際まで逃げる。据わりきった目のバルクホルンが追いかけてくる。
「逃げるな!」
「……だ、大丈夫カ!? 大丈夫なのカ大尉!?」
 エイラが迫るバルクホルンの肩をつかんで揺さぶると、突然しゃきっとバルクホルンの背筋が伸びた。

「――無論だ」

 何事もなかったかのように答えるバルクホルン。
「……ほ、ほんとか?」
 エイラは手を離し、さらに10センチほど離れてから、恐る恐る聞く。
「どうした? 何をうろたえている?」
「あ、あの、妹さん……は?」
「? ……何を言っている?」
 バルクホルンは怪訝そうに眉を顰める。その瞳に、今は力が戻ってきている。
「い、いや、覚えてないならいいんダケド……」
「? 変な奴だ」
「変なのは大尉じゃナイカー……」

 目の前にいるのは、いつも通りの冷静なバルクホルン。だが途中から明らかにおかしくなったバルクホルンの話と、据わりきった目がエイラの脳裏に鮮やかに刻まれている。「あきらかにこれはやばい」という感覚と共に。

「……と、とにかくダ。そろそろ出ないカ? あまり無理は良くないしサ」
「……好きにするといい」
「だ、ダカラー。一緒に出ようナ?」
「私は残る。これも鍛錬だ。それともスオミもこの程度で音を上げるのか?」
「いや、やっぱり限度ってモノガ……」
「……十分に。でなければ十分以上に。己を鍛えるとは、そういう事だ」
 ――だから今のあんたは十分以上に危険なんだッテ! エイラは心の中で突っ込んだ。
「で、でも、下手をすると脱水症状で倒れるし危険ナンダナ! 出て水分取らないと……」
「水……そうか……」
「……あの。」
 エイラの言った言葉がバルクホルンの何かにヒットしたのか、瞳が見る見るうちに光を失って行く。そしてその代わりに、蕩けるような笑みがバルクホルンの顔に浮かび上がる。

「……そうだな……水か……そうだな……ふふ。
 ……外にいる宮藤たちは、今頃のんびり水を浴びているだろう。水のそばではしゃぎまわる宮藤。何かあったらと思うとおねえちゃん心配で仕方がないじゃないか……! いけない。見守らなければ……。
  そしてはしゃぎまわって疲れた後の午後のまどろみ……お姉ちゃん、眠くなってきちゃった……ここで寝ていいかな? そんな事を言ってきたら……どうする? 私はどうしたらいいのだろうか……
 抱きしめて頭をなでる以外にどうしようもないじゃないだろう!
 ……ああもちろん、甘えんぼうだなーの一言も忘れてはならない……それにむくれる宮藤も黙って顔を押し付けてくる宮藤も全てウェルカムだ……いけない……すぐに行かなければ……すぐに……」

 ――なら早く出ようヨ!

 呟き続ける目の前のバルクホルンに怯えつつも、エイラは考える。

(何があったんだ……何なんだこの大尉は……? 夕べ飲み過ぎたって言ってたし、途中から朦朧としてたもんな……。やっぱり……普段気張ってるだけに、抑圧みたいなもん強いのか。それともミーナ中佐の副官ってそんなにストレスたまるノカ……?
 ……い、いや。今はそんな事が問題じゃない。とにかく何とかしないと、大尉が危ナイ!)

 目の前のバルクホルンの姿に恐怖を感じ始めているエイラだが、朦朧とした状態のバルクホルンをここに放置しておく事は、サウナのオーソリティとして出来ない。いやそれ以前に、人として出来ない。バルクホルンをここから連れ出す方法を、エイラは考えはじめる。エイラが説得して連れ出すか、それが出来なければ自力か、あるいは人を呼んで来て引きずり出すか……。
 人の話を聞かない今のバルクホルンに説得は無効。自力で担ぎ出すのは、魔力を発動されると叶わないので最後の手段として、人を呼んでくるのが最善……待ってろヨ大尉。
 エイラは立ち上がり、ドアに向かって歩き出す。その背後から、バルクホルンの声がかかる。
「――逃げるのか?」
 いつの間にか意識を取り戻したバルクホルンが、サウナの奥からエイラを見ていた。
「人を呼んで来るヨ。私たち今すぐここから出たほうがイイ」
「そうか。ならばサウナにおけるスオミの敗北を認めてからいくといい」
「まだそんなこと言ってんのカヨー」
「認めればいい。お前は出ていける」
「いいから。認めるからもうやめようナ?」
「そうか。ならば出ていけ。私は残る」
「いや、だからサー……」
「安心しろ。限界ぐらいは心得ている」
「……今あなたがいるそこは、多分限界の向こう側デス……」
「誉めるな」
「事実ダヨ」
 エイラは頭のタオルを取り、ぼりぼりと頭をかく。
「とにかく落ち着いて、自分の状態を考えてみろヨ。やばいって思わないカ?」
 エイラの言葉を聞いて、バルクホルンは「ふむ」と顎に手をあててうつむく。

「そうだな……確かに朦朧としている。お前の言う通り、少しクールダウンした方がいいな。
 落ち着くんだバルクホルン。たとえば恐ろしい事を考えて冷静になると言うのはどうだろう……。
 ……コレクションや妄想ノートを部屋中に展開して祭り開催中のところを妹に踏み込まれる所を想像してみるとか……む。これは恐ろしいぞ……。
 『……おねえちゃん、こんな事いつも考えてるの?』
 『ち、ちがうんだ……べ、別に夜中におねえちゃん、いる? といって甘えてきて欲しいとかお姉ちゃんわたしがいないと駄目なんだからとかそういう事をいって欲しいとか、いいいいつもそんな事を考えてるわけでは……』
 『ふーん』
 『……ど、どうしたんだ……』
 『……しょうがないなー……』
 『……お、おい……』

 ――ん?
 なんだこれは! 冷静になるつもりが、この想像はどうだ! 駄目じゃないか! どきどきしてくるじゃないか!
 ……恨めしい! 妹の事になると幸せな想像しか出来ない、この頭脳が恨めしい!」

「大尉ッ! 大尉ーッ!!!」

 ひとり苦悩するバルクホルンに、ざばぁっと水が浴びせられる。
「あの、平気カ大尉……?」
 加湿用の水(汲み置き)が入っていたバケツを手にしたエイラが尋ねる。
 本当は正気かと聞きたいところだが我慢した。
「……問題ない」
 髪からぽたぽたとしずくを垂らしながらバルクホルン。
「そうかー……」
 いい加減このパターンに慣れてきたエイラは、バルクホルンが通常モードに戻った様なので、安心して手を差し出す。
「……なら、ほらもう三十分近く入ってるし、そろそろ出ないと危ないゾ。勝負は引き分けって事でいいじゃんカ」
「そうか……そうだな……」
 その手を取るバルクホルン。
「……む?」
 そのバルクホルンが何かに気づいたかのように顔を上げた。エイラの手を強く握る。
「――アノ、大尉?」
 やけに強いその手の力に、戸惑いながらエイラが聞き返す。じっとエイラを見ているバルクホルン。
「……エイラ。お前、元気そうだな」
「そ、そうか? そんな事はないけどナー」
「手加減……か?」
「ま、マサカー」
 (……そういえばコレ、勝負だったナ。)
 バルクホルンが散々暴れたせいで忘れかけていた事を思い出し、あははははと乾いた笑いでごまかそうとするエイラ。
 エイラの手をバルクホルンがぐいっと引く。
「――そこに直れユーティライネン。続行だ」
 エイラを強制的に隣に座らせて、バルクホルンはエイラを睨む。
「……軍人としての誇りにかけて、まだ終わる事はできない」
(たちの悪い酔っ払い相手にしてる気分なんダナー……)
 そう思いながら、エイラはつかまれた手を軽く引く。
「――離してくれマセンカ?」
「無理だな」
 言い捨てるバルクホルン。
(頑固な分、酔っ払いよりたち悪そうだナー……。)

 エイラの体に、どっと疲れが押し寄せてきた。


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「……頼ム。今すぐここを出ようヨ。今のあんたマジでヤバイ」
「……」
 エイラの懇願をバルクホルンは聞き流す。
 腕を組んだままでんと腰掛け、梃子でも動きません、のポーズをとり続けるバルクホルン。その隣に座らされてから10分強。がっちりとつかまれていた手は離してもらえたが、さすがのエイラも気疲れと暑さで参ってきている。
(……やっぱりさっき考えたとおり、誰か呼んでこないとダメダナ……)
 ここでエイラが参ったら、きっと共倒れだ。その前に人を呼んでこないと。今のバルクホルンにはエイラが何を言っても無理だろうが、ミーナ中佐ならきっと何とかしてくれる筈。エイラは立ち上がり、出口に向かって歩き出す。

「どこへ行く」
「もう出るんダヨ」
「……なんだと?」
「悪いけど、もう付き合えないからナ。
 ……安心しろ。大尉が倒れる前に、ちゃんと戻ってきて連れ出してやるから」
「──逃げるのか?」
「何とでも言え」
 言い残して、エイラは出口に向かって歩き出す。バルクホルンがエイラを呼び止める。
「――エイラ」
「ナンダヨ」
「いやすまない。ただ……」
「何だってんダヨモー」
「……窓からサーニャがお前のことを覗いてるんだが。頬を染めながら」
「――何ィ!」
 サーニャはそんな事しねええええ! 即、突っ込みながらサーニャの名前が出るとスルーできないエイラは、思わずバルクホルンが指さす先を見る。
「誰もいないゾ?」
 窓の外を見て呟くエイラ。バルクホルンはその隙を見逃さなかった。
「……甘いぞ」
 立ち上がりエイラの隣をすり抜けて出口に向かってダッシュして、
「――おい! 大尉!?」
 ──そしてドアの前に片膝を立てて座り込む。
「何してんだアンタ……」
 エイラが近寄ると、バルクホルンは威嚇するように据わった目で睨んでくる。その横に回り込もうとすると、バルクホルンの視線が追いかけてくる。じりっじりっとにらみ合ったままエイラはバルクホルンの周りをうろうろ回る。
「……出れないじゃんかヨ」
「逃がしはしない。どちらかが倒れるまでこの勝負は続く」
(……いつの間にか条件厳しくなってないカ……)
 むっとするエイラを見て、バルクホルンはにやりと笑い、得意げに言い放つ。
「……敵の弱点を突いて中央突破。そして短期間で戦略的拠点を占拠し、心理的効果をも用いて敵勢力を不活化する……」
「……」
「言うなればこれは、カールスラントの十八番――電撃戦」
「……」
 ――もうやだこの人。
 あまりにも大人げないバルクホルンの前で、エイラも床に座り込んだ。頭をたれてはー、とため息をつく。

 もういいです。自分にも他人にも厳しいあなたの一面は、とても良く分かりました。嗜好はアレですが、人の性癖に口出しする気はありません。いろんなことは聞かなかった事にします。むしろ記憶から消したいです。
 もう何も言いません。でもこのままだとどちらかが倒れます。ですからもうやめましょう。

 エイラは立ち上がり、ヒーターの方に戻っていく。
「お、おい。どこへ行く」
 バルクホルンの声を無視して、エイラはヒーターのそばの床に付けられた小さな扉をあけて手を入れる。床下にはボイラーからヒーターに向かって蒸気を引いてくるパイプがある。そこにつけられたバルブを閉めて、エイラは立ち上がった。
「……何をした」
「サウナの、火を止メタ」
「なに?」
「もうやめよう、大尉」
 さらに壁に付けられた窓を開け放つ。ひやりとした外気が入りこみ、部屋の温度が下がり始める。
「なん……だと」
 目を見開いて絶句するバルクホルン。エイラはそんなバルクホルンをなだめるように笑う。
「……お互いへろへろじゃんカ。そろそろ出ようヨ」
「――くっ」
「ホラ。倒れて任務に出れなくなったら、ミーナ中佐にも怒られるダロ?」
「……」
 エイラの言葉を聞いて顔を伏せるバルクホルン。そのまま何も言わない。
「――あの、大尉?」
 心配になってエイラが声をかけると、うつむいていたバルクホルンが顔を上げた。

「――良くぞ電撃戦を突き崩したエイラ。さすがだユーティライネン少尉」
 うちに来てお姉ちゃんって呼んでもいいぞ? そう言いながらバルクホルンがゆっくりと立ち上がる。
「お、ようやく出るか? 出ようナ? ナ?」
 ほっとするエイラに向かって、バルクホルンはふふんと笑う。
「……未熟だな」
「……え?」
「次の手を用意しておかないのも、相手に次の手がある事を想定しないのも、戦術を扱う者としては未熟だ」
「……何を、言ってますカ?」
「――確かに、これ以上電撃戦を続ける事は不可能だ。拠点を占拠した優位は崩れ、敵であるエイラはまだ戦力を残している。この状況で、電撃戦は意味がない」

 一歩、二歩。バルクホルンはふらつく足をエイラに向かって運ぶ。消耗し、据わりきった目がエイラを見据える。

「――私ももはや限界に近い。認めよう。お前は実に良く戦った。お前は私の大事な、素敵な素敵な宿敵となった」
「宿敵とか、別にイイデスカラ……」
「……だがだからこそ、私は戦いを望む。お互いの死力を尽くした、その果ての決着を望む」
 近づきながらバルクホルンは、ゆっくりと両手を広げていく。
「た……大尉……?」
 バルクホルンの様子にただならぬ怪しさを感じて、エイラは半歩下がる。とにかくこの部屋の中でも、逃げないと大変な事になる。予知能力を使う間でもなく、そんな気がする。
「だが熱源もつき、このままでは条件は緩んでいくだけ。……死闘にはほど遠い……
 ……ならばどうする――? ならば――」
 バルクホルンはがばぁっと手を広げた。

「――そう――ならば――包囲戦だ――!」

 エイラに向かってバルクホルンが殺到する。
「……敵を包囲し、さらなる攻撃によって消耗させて降伏に持ち込む。これこそが包囲戦!」
「……た、大尉……何する気ダ!?」

 包囲って――攻撃ってナンダヨ――?
 迫り来るバルクホルンの姿に、サーニャ生命貞操世間体その他もろもろの危機をいっぺんに感じたエイラは、咄嗟に予知能力を発動させてしまう。頭の中に浮かびあがる未来の姿。

(――これからどうなるか、教えて欲しいんダナ――)
(――教えてあげるんダナ。このままだとワタシの未来は――
 「包囲戦と称してバルクホルン大尉に抱きしめられ、『オラオラオラオラオラオラオラァッ!』と頬ずりされる」
 ――なんダナ――)
(――――それは、大変なんダナ――――すぐに、逃げるんダナ――――)

「――えええ、エエエエエー?」
 おぞましい未来を見てしまったエイラはその場にへたり込む。
(……包囲っていうヨリ……殲滅ダロ……)
 足が震えている。腰が抜けている。がくがく震える足を必死で叱咤し、立ち上がろうとする。逃げないと。もし今予知したような事をされたら、2秒持たずに再起不能だ。
「……ちょ、マテ、待つんダ大尉!」
 立ち上がろうともがくエイラ。バルクホルンは足を止め、そしてゆっくりと近寄ってくる。照明を背負い、影に覆われているバルクホルンの顔。そこに優しい笑みが湛えられているのを見て、エイラは更に震え上がる。
「……怯えなくてもいい……。包囲戦は、ただの戦術ではない……」
 歩を進めるバルクホルン。その影が、エイラの上に落ちかかる。
「……それは、愛をもって妹を包みこむ、お姉ちゃんの極意……」
「……ヤ、ヤメルンダナ大尉!」
 何度ももがいた甲斐があって、ようやくエイラの腰が入る。バルクホルンに背を向け、立ち上がるエイラ。
「――私は妹じゃないんだかんナー!」
 がっつ。
「あ……」
 捨て台詞を残して逃げようとしたエイラの肩を、バルクホルンの手ががっちりと掴む。むき出しのエイラの肩に食い込むバルクホルンの指。
「たいい……?」
 その力の強さにおびえながら、エイラは振り返る。
 膝が崩れる。腰がまた抜ける。

「……諦めろ。ユーティライネン少尉」
 微笑を浮かべたバルクホルンの、やけに静かな声。

「――お姉ちゃんの熱き抱擁に、包まれればいい――」

 エイラは絶望と共に、その声を聞いた。



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 きいっ。

 ドアの軋る音。外気が入り込み、少しだけ部屋の暑さが緩む。

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!」

 容赦なくオラオラされながら悲鳴を上げるエイラの耳に、ドアが開く音が聞こえた。遠のく意識を何とか引き戻して顔をドアの方に向けると、そこに人影が見える。

「……頼ム! この人何とかシテ……!」

 誰かがそこにいる。助けが来ている。私は助かる。私は――

「エイラ、まだ入ってたの?」
「さ、サーニャ!!」

 ――エイラの表情が凍りつく。安堵できた時間は、一秒に満たなかった。

 芳佳、リーネ、ルッキーニ、シャーロット、エーリカ。早々にサウナを出た面々がそこに揃っている。そして、その前でドアに手をかけているのは――サーニャ。
 そして、今の自分……バスタオル一枚の姿で、腰が抜けていて、床の上に転んでバルクホルンにのしかかられ……。何も知らない人が見るならば、これはどうみても、「バルクホルンに押し倒されてるエイラ」。

「――――」

 口がぱくぱくと動く。何も言葉が出てこない。どっと汗が噴き出てくる。摂氏90度の条件下でも人は冷や汗を流せる事を、エイラは初めて知る。
「……」
 サーニャは眠たげな目をエイラに向けている。視線がエイラとバルクホルンの間を、ゆっくりと一往復する。
「……何してるの」
「さ、サーニャ……あの……ちが……」
 しどろもどろになるエイラ。わ、私はもうサーニャのお嫁にいけない体になってしまったんだナ……。じわりと目に涙がにじみ出てくる。

「――逃げるなエイラ。勝負はまだ決していない」
「あんた鬼だぁ!!」
「……勝負…?」
「……あ、サーニャ! そ、そうなんダ! これはあくまで勝負の途中デ……!」
 首をかしげたサーニャを見て、エイラはバルクホルンが言った「勝負」という言葉に、こくこくとうなずきながら必死で同意する。自分をこんな目に合わせてる人のむちゃくちゃな言い分だと思いながら、必死で。サーニャにこの状況を見られた今は、その証言しかすがるものがないから、とにかく必死で。

 「何をしているユーティライネン。包囲戦の続きだ」エイラを押し倒したまま、バルクホルンが言う。
 「……また妹分足らなくなってたのかー?」茶化すようなエーリカの声。
 「おいおい大丈夫かよー?」面白そうに見ているシャーリー。
 「ニヒン。エイラ、ダッセー!!」ルッキーニが笑う。

 そして、その騒ぎの中、サーニャは眉一つ動かさずに、エイラを見ている。

「さ、サーニャ……?」
 耐え切れずにエイラが呼ぶと、サーニャは無言でサウナに入ってきて、エイラの腕をがっきと掴んだ。
「……サーニャ!? ……誤解だかんナ! そんなんじゃないんだからナ!」
 抗弁するエイラに構わず、サーニャはエイラの腕を引く。小さな身体からは信じられない力でバルクホルンからエイラを引き剥がすと、その身体を引きずって行く。

「サーニャやめるんダナ! 放すんダナ!」
「だめ」

 もがくエイラが、なす術もなく床を引きずられ運ばれていく。バスタオル一枚のままずるずる引きずられていく。

「……ちが、違うんだからナー!!」

 尾を引くエイラの叫び声を遮って、ばたんと扉が閉じた。



----



「……」
 あっという間にエイラが連れ去られた後、バルクホルンは深く目を閉じる。

「……愛ゆえに、人は哀しまねばならぬ、か……」
「哀しませた本人が言うなよ……」

 うわー、とドン引きしている全員を代表して、シャーリーが突っ込んだ。全員のぬるい視線に構わず(気付かず)、バルクホルンはエイラの去った先を見つめる。

「だが……私の勝利(かち)だ……」

 愛ゆえにリングアウトとなろうとも、敗北は敗北。戦場では言い訳にならない。
 カールスラント軍人の、お姉ちゃんの勝利。たとえ大空の下であろうとサウナであろうと、そこが戦場であるなら、お姉ちゃんの征く手に敗北はない。
 酸鼻を極めた死闘を終えて、胸に残るは勝利の余韻。その快さを微笑みに変え、バルクホルンは立ち上がる。

「……ふふん」
「トゥルーデ?」

 そして傾く視界。
 バスタオル一枚で仁王立ちした体勢のまま、バルクホルンは床の上に倒れた。



----



「う……」

 瞼をゆっくりと開く。ぼんやりした視界に広がる空。
 涼しげな風が吹き、バスタオルをかけられたバルクホルンの体の上を撫でていく。桟につられた扶桑の「風鈴」がちりんと音を立てた。
 サウナの脱衣場の外、水浴びをする小川に向かうドアのそばに置かれた長椅子。その上にバルクホルンは寝かされていた。
(……なんで……ここに……?)
 ぼんやりと考え始めたバルクホルンは、額の上に濡れタオルが載せられているのに気づいた。
「……そうか……私は……」
 呟きかけて言葉を止める。
(……何をしてたんだろう……?)
 覚えてない。
 サウナで倒れたのは見当が付く。醜態を晒した事は想像できるが、それを恥じる前に、自分が何をしていたのか全く覚えていない事が気になった。
(……サウナでエイラ相手に勝負を挑んだところまでは覚えているんだが……)

 空を見ながら考えをめぐらそうとしたバルクホルンの目の前に、ぬっと軍用の水筒が突き出される。
「――飲んだほうがいいんじゃないかな?」
 いつの間にか長椅子の隣にいたエーリカが、水筒を差し出していた。
「あ、ああ……」
 そう言えば、喉がからからだ。頭も痛い。相当無茶をしたんじゃないだろうかと不安になる。
 そのバルクホルンの返事を聞いて、エーリカがバルクホルンの枕元にしゃがみ込んで、水筒のふたを取る。そしてバルクホルンの頭を手で抱えあげた。
「じゃー口開けてー」
「……な、何するんだ!」
「飲むでしょ? 水」
 バルクホルンの頭を胸元に抱えながら、意地悪な笑みを浮かべるエーリカ。人目が気になって、バルクホルンはとっさに辺りを見回す。
「……いや、でも、こういうのは」
「起きられるならいいんだよ?」
 言われて自力で身体を起こしかけると、こめかみにずきんと痛みが走った。
「……すまない」
 たまらなくなって、エーリカの手に頭を預ける。
「でしょ?」
 エーリカの言葉を聞きながら、バルクホルンは目を閉じる。
 口を緩く少し開け、エーリカが注いでくれる冷たい液体を飲み下す。目を開ければすぐそばにエーリカの楽しそうな顔。甘露にも思える冷たい水が、バルクホルンの喉を通り抜けていき――
「わぶ!」
「あ、ごめーん」
 飲み込みきれずにげほげほとむせる。「ありがとう」と、一応お礼を言った。

「……ところでフラウ」
「なに?」
 呼吸が落ち着いたところで、バルクホルンはエーリカに呼びかけた。
「……いや……知ってたら教えてほしいんだが」
「うん」
「私はその、何をしてたんだ?」
「覚えてない?」
「……エイラとサウナに残ったところまでは覚えてるんだが……」
「覚えてないよねー」
「あ、ああ」
「……後で土下座でもして謝った方がいいんじゃないかな?」
 とても気になる事を言いながら、エーリカは脱衣場の中を見た。バルクホルンもそっちに視線を向ける。

 脱衣場の隅では、エイラがサーニャの前で正座していた。サーニャはうつむくエイラの前に椅子を置き、こちらに背を向けたままちょんと腰掛け、無言でエイラを見ている。エイラが顔を上げ、あの、と言いかけて、また下を向いた。

「……フラウ」
「なに?」
「教えてくれ! 何したんだ私は!?」
「さーね」
 焦るバルクホルンをよそに、エーリカは立ち上がった。てくてくと枕元の方に歩いていく。
「――後で誰かに聞けば?」
 がちゃり、と何かを取り上げる音。顔をそちらに向けると、笑顔のエーリカがバケツを持って立っている。
「……バケツ?」
 501と書かれた大きめのバケツ。それを抱えているエーリカ。
「バケツだよー」
 バケツを抱えて笑顔のエーリカ。その背後にまた、積み上げられたバケツ。バケツの山。
「……なぁ、ハルトマン」
 バケツの山とエーリカを見ながら、バルクホルンは聞いた。
「教えて欲しいんだが」
「なに?」
「……それ、全部、水が入ってるのか?」
「ん? サウナの後は水浴びでしょー?」
 笑顔のエーリカがバルクホルンを見下ろしている。
「そうかー」
 楽しげなエーリカの笑顔。バルクホルンに向けられた笑顔。
「そうだよー」
 バケツを構えたエーリカの笑顔。
「そうか……」
 ――なんだか、怖い、笑顔。

「頭冷やせ。ばか」

 エーリカの声と共に、大量の水がバルクホルンの頭の上にぶちまけられる。
 何やってんだよ心配したんだからトゥルーデなんてバケツの水で溺れちゃえばいいんだー、という罵声と共に次々と浴びせられる水。

(……すまないエーリカ……。でも、覚えてないんだ……)

 心の中で侘びながら、バルクホルンは自分が挑んだ勝負の結果を思う。
 寝かされ水を浴びせられる自分。そして正座しているエイラ。敗者が二人、勝者はいない。
 そして多分、加害者は自分で。
 ……せめてミーナとクリスの耳には入らないといいんだが……。
 無理だろうな、というあきらめを抱えたまま、バルクホルンは水を浴び続ける。



 そしてその日以降、サウナには「バルクホルンお断りします」の貼り紙が貼られた。



 おわれ



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