ストライクウィッチーズのSSを書いてます。 その他百合中心で書くつもりですが、普通の日記も書くかも。
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SS「Arietids」 (エイラ×ニパ, 33KB)
ニパ誕。空回りしてるので個人的には封印したい。

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Arietids


「お誕生日おめでとう、ニッカさん」

 はい。私のそばにしゃがみこんで、魔法瓶から注いだお茶を、エル姉が差し出してくれた。

「……ありがと」

 うんおいしいよねお茶。うれしいよ誕生日は。でもその前に手を貸してくれないかな。
 ――立てないんですけど。

 草原に転がる岩に背中を預けたまま、エル姉にそう目で訴えた。


 カウハバ基地を襲ってきたネウロイの編隊と交戦し、私はその中の一機と相打ちになって、基地からそれほど遠くない草原に転がっている。
 足を伸ばして座り込んだまま、上空を見る。時刻は午前零時。太陽はすでに沈み、宵闇に沈んでいくカウハバの空。北の地平線にともる茜色が、薄い青を経て、天頂を埋め尽くす暗い藍色につながっていく空。夏至も近いこの季節には、日は暮れ切ることなく、朝焼けにつながっていく。
 その空を、赤と緑の航空灯が横切っていく。ちかちかとライトを瞬かせ、私に帰投の合図をしていくウィッチ達。インカムが生きていれば声をかけるところだけど、その代わりにせめて手を持ち上げて軽く振る。戦闘は終わったようだ。
(……昨日のうちに済ませたかったけどね……)
「……ニッカさん」
 お茶を差し出したままの姿勢で、エル姉が私を呼んだ。
「お疲れ様」
「……ども」
 なんでそこまでしてお茶なのか良く分からないまま、それを手に取った。岩にもたれたまま、それを一息に飲み下す。冷えた液体が私の喉を通り抜けていった。
 ――ふい。そこで初めて肩の力を抜いて、そして少し離れた所で草の中に埋まっているストライカーの様子を見る。薄明かりの中でも、外板がめくれ上がり、奇妙な形に捻じ曲がっているのが見えた。

「……ごめん。また壊しちゃった」
「いいんですよ。おかげで早く片付きましたし、基地も無事です」
「……うん」
「でも、ちょっと無理をしたんじゃないですか?」
「……うん。まぁ」

 笑いながら痛いところを突いてくるエル姉に、私は口ごもる。エル姉は笑いながら、救急セットの中から消毒用のアルコールと脱脂綿を取り出した。

「ちょっと我慢してくださいねー」
「……つ」

 エル姉はまず顔についた傷を、脱脂綿でぬぐい始める。塞がりかけた傷口に消毒薬が沁みて顔をしかめる。

「大丈夫だって。すぐに塞がるし……しみるから……」
「だめですよ。それに血で汚れてるんですから。綺麗にしないと」
「……」
「我慢です」
「……うん」

 やわらかいが有無を言わさぬ口調を聞いて、あきらめて岩に背中を預けた。そのまま傷口をぬぐうエル姉に身を任せる。
 その間に私の魔法が、体を修復していくのを感じる。ダメージを負って麻痺していた足や左腕に、痛みがよみがえり、そしてそれが和らいでいく。使い魔のイタチも私の体の上をちょろちょろ走りながら、そこかしこに治癒魔法をかけていく。よしよし。大丈夫だよ。手のそばを通り過ぎるときに頭をなでると、きゅ、と鳴きながら恥ずかしそうに首をすくめた。

(……ふう)

 体が治るのを待ちながら、さっきの戦闘を思い返す。そして頭を抱えたくなる。なんていうか、焦り過ぎた。
 小型ネウロイのことを深追いしすぎたり、大型ネウロイに対してやたら先行しようとしたり。随分危なっかしい戦い方をしてしまったことを思い出す。何やってんだ私は。エル姉に言われるまでも無い。やる気だけの新人のような戦い方だった。

 でも、正直にいうなら、焦っていたのにも理由はある。自分の誕生日、っていうのもちょっとはあるし、それに。
「夜明けには、間に合いましたね」
「……うん」
 イッルがブリタニアに旅立つ前に、今日のことを占ってくれていたから。夜明けの空を見てたら面白いぞ、とか、そんなことをあいつは言っていたから。
 空が明るくなるまで、多分あと二時間ぐらい。出来ればこんな状態にならずに迎えたかったんだけど……
「……何が起こるんでしょうねー」
 その事を知っているエル姉が、まだ血が出ている腕の傷に包帯を巻きながら言う。
「……分かんないよ。夜明け見てたら面白いぞーって言われてもさ。ぜんぜん具体的じゃないしさ……」
「エイラさんの占いって、何でも分かるっていうものじゃないですからねー」
「……全然いい加減だよ。
 大体さ、何かが起こるって事だけしか言わない言い方は、占いの言葉としては卑怯だよね。どうとでも取れるし、あとで辻褄あわせるのだって簡単じゃないか」
 少しずつ体に力が戻ってきて、私はいつもの調子で話し始める。
「……暴れ鹿が出るかもしれないし、季節外れの大雪崩にあうかもしれないし、季節と場所を間違えたサンタが対空射撃に追われてるのを見られる可能性だって無い訳じゃない。どんな事が起こったとしても当たった事になるじゃないか。面白いとか幸せになれますって言われても、もうちょっと具体的に言ってくれないとさ……」
「……ニッカさん」
「なに?」
「全部有りえないと思います」
「……分かってるよ! たとえだよ!」

 短く的確な突っ込みを食らって声を上げ、ふん、と顔をそらした。小さく笑うエル姉。

「……でも、間に合いましたね」
「……うん」

 応えるとエル姉はやけにうれしそうに笑い、鼻歌を歌いながら、今度はぬらしたタオルで私の髪をぬぐい始める。

「……エイラさん、今どうしてるでしょうねー」
「寝てんじゃない? 夜中だし」
「この間送った燻製とか食べてくれたでしょうか」
「……食べたかもしれないけど、あの缶詰送ったのはまずいんじゃないかな」
「嫌いでしたっけ、エイラさん」
「嫌そうな顔するよー、あいつ。『うげ』て」
「……それにしても、もうちょっとエイラさんの様子が分かるといいんですけどねー。そろそろ暑くなるころでしょうし」
「うん。でもさ、暑いって言われても私らにはどうしようもないよね。氷かじってろとか言う?」

 口が動くままに、好き勝手なことを言い合う。その間に、エル姉が私の顔と髪についた血と泥を優しくぬぐっていく。

「……終わりましたよ。立てますか?」
「ん……」

 顔を拭き終わって、エル姉が私の肩の下に頭を差し入れる。エル姉の肩を借りて起き上がる。体は痛むけれど、しゃべっているうちに何とか歩けそうなぐらいに、体に力が戻ってきてる。
「じゃ、帰りましょう……お誕生日はまだ始まったばかりですよ」
 エル姉は近くに止まった迎えの軽トラを指差す。私が寝ている間に、運転手がストライカーを荷台に詰みこんで、エンジンをふかしながら私達を待っていた。
「つ……」
 立ち上がりかけて、体のあちこちに痛みが走り、かがんだまま少し息をつく。
「……大丈夫ですか?」
「……うん」
 私は一息ついて体を起こし、ネウロイが墜ちた空を見上げた。
「……ニッカさん?」
 そのまま歩き出そうとしない私に、声をかけるエル姉。体を包む疲れを感じながら、天頂を包む藍色を眺める。

(イッル……、みんな無事だよ)

 ちょうど一年前のことを思い出しながら、海の向こうにいるあいつに向かって、そう語りかけた。




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「来年の誕生日は向こうで祝ってやるヨ。覚えてたらナ」

 その言葉を告げられたのは、ちょうど去年の誕生日。
 ブリタニアに派遣される日が近づく中で、イッルは慌しく私の誕生日を祝ってくれた。
 イッルがブリタニアに行く。そのことを聞いて、お前じゃなきゃ駄目だったのかよ、とか、ここはどうなるんだよとか、今にして思えば聞かれる方が困る様な駄々ばかりこねていた私も、その頃にはようやく落ち着いて、それを受け入れる気になっていた。

 食堂での大騒ぎが終わって、宿舎の私の部屋。イッルはベッドの上で寝そべりながら、持ち込んだカードをぱたぱたとめくり続けている。

「……準備はできてんのか?」
「ん? まぁ大体ナ。サウナの妖精さんまでばっちり」
「……そーか」
「あとは向こうでサウナ作ってくれればいいだけなんだけどナー」

 相変わらずおめでたいことを言いながら、イッルは私のベッドにごろんと転がる。
 妖精さんはともかく、一人のウィッチの勝手でサウナを作る基地、というものを想像してるこいつの思考回路は良く分からない。大体、サウナが出来るかどうかわからないのに、妖精さん連れて行くって言うのはどういうことなんだよ。妖精さんはどうなるのか、その事がなんだか気になった。

「あのさイッル……」
「んー?」
「聞きたいんだけど……」
「なんだヨ」
「……例えばだ」
「ウン」
「……サウナがなかったら、妖精さんはどうなるんだ?」
「なんだヨ。お前妖精さんなんかいないって言ってたじゃないカ」
「お、お前がどんなアホな事考えてるか知りたいだけだよ!」
「ふーん」
 イッルはベッドの上であぐらをかいて、私に顔を寄せた。
「――まいいか。教えてやるヨ。サウナがないとナ、」
「……うん」
「妖精さんはナ、」
「……う、うん」
「しぼんでくゾ」
「置いてってやれよ! かわいそうだろ!」

 妖精さんが無残にしぼんでいくビジュアルが何パターンも頭の中に浮かんでしまって、うっ、と顔をそむける。そんな私の反応をニヤニヤ眺めてから、イッルはベッドの上で大の字になった。

「……大丈夫だってー。あの部隊、扶桑の風呂だって作ったらしいゾ?」
「……そうか。なんていうか、変な部隊だな」
「でもさー」
「んー?」
「ここの連中とサウナ入れなくなるのは痛いかナ」
「そうか?」
「ほら、軍服の上からだと正確に分かりづらいじゃないカ。いつのまにか育ってたりとかそういうのがサー」
「……お前ねぇ……」
 何が、とはもういまさら聞かないけど。お前はそればっかりかい。
「だってさー。しばらくチェックできないんだゾ。多分来年まで」
「お前さ。向こうでそんな事言うなよな。引かれるぞ?」
 ……こいつまさかおっぱいノートとか付けてるんじゃないだろうな。頭に嫌な疑問が浮かぶ。
「揉んだときの反応も人それぞれで面白かったのにナ……」
「そろそろおっぱいの話から離れろよ」
 こちらにかまわず話し続けているイッルに、いらいらと声を荒げた。イッルはベッドに寝そべりながらだらだらとしゃべり続ける。
「……エル姉はなんかさ、悪いことしてる気になるしサ」
「悪いことだよ! 自覚しようよ!」
「ニパの反応ももなかなか面白いんだけどナー」
「…人の話聞け」
 この期に及んでなお胸か。だめだこいつ。早めに叩き出して今日はもう寝ようか……。
「……また、無事で会えるといいナ」
「え?」
 不意に、イッルがそう言った。私はベッドの上のイッルの顔を見る。
 イッルは横向きに寝そべり、体を丸めている。どこか遠くを見るような表情で、何も無い壁の上に、視線をさまよわせている。胸の事を語るときはいつもニヤニヤしているイッルが、今は遠い目をしている。
「(……そっか)」
 やっと分かった。心配なんだ。私たちの事が。
 ……こいつは、自分が慣れない所に行くのは平気そうだけど、私達を残していくのは、きっと気がかりなんだろう。
 こいつが戦いに身を投じる理由は、いろいろあるだろうけど。どこか暢気なこいつは、人類とネウロイの戦いというお題目に従うよりも、私たちと一緒に飛ぶことに価値を見出してるんじゃないかって、私は思っていた。私達が必要としているから。それがこいつが飛ぶ理由の一つじゃないかと。目に付いた相手の事が気になって、つい手を差し出してしまうこいつ。その面倒見のよさの延長線上に、きっとこいつがネウロイと戦っている理由の一つがある。
 だから私たちを残してブリタニアに行けば、残してきた私たちの事を、こいつは気にしてしまうだろう。遠く離れた場所に行くイッル自身にはどうにも出来ない、私たちの事を徒らに心配してしまうだろう。
 口には出せないけれど、こいつはとても優しい奴だから。だから。

「……イッル」
 イッルのすぐそばに腰を下ろす。
「ん?」
「……会えるよ」
 背中を向けたまま、シーツの上に手をさまよわせて、言葉を探す。
「みんな、無事でさ──何とかなるから。するから」
 お前が帰る場所は、私が守るから。
「……大丈夫。」
 背中を向けたまま、呟く言葉と言えない言葉。旅立つこいつに向かって言う、精一杯の約束。
「……だから自分の心配しろよな。お前だって不死身じゃないんだからさ」
 照れ隠しもこめて、乱暴にそう言い切った。

「……フフン」
 笑い声がした。起き上がったイッルが、のっしと私の背中にもたれかかってくる。
「大きく出たナ」
 耳元でささやく声。
「……でも、当てが外れてばっかりのニパに大丈夫って言われてもナー」
「うっさい」
 むに。背中に乗るイッルのほっぺをつまんで引く。イッルはえへへと笑って、私の背中に手をついて離れた。

「じゃ、やる気なニパに、ひとつごほーび」
「え?」
 イッルはニヤニヤしながら、唐突な提案をする。
「来年の誕生日、多分帰って来れないだろうからサ。少しだけお祝いしてやるヨ」
「……何するんだよ?」
「どうすればラッキーなことになるか占ってやる」
「えー…。占いかよー……?」
「……嫌そうだなオマエ」
「だってろくな事言われないじゃないか。お前の占い」
「そう言うナヨー」
 イッルはベッドに散らばったカードを揃えて手に取った。
「たまには真面目に見てろッテ」
 そして再びカードをベッドの上に広げ、混ぜていく。取り上げて、慣れた手つきで並べていく。いつもは横目で見ている並べ方を、今日は真正面で見る。
 空色のカードを、白い手が繰(く)る。ぱた、ぱた。カードの音が、私の部屋に響く。
 イッルは並べたカードの何枚かをおもむろに開き、一枚を取り上げて、んーと眉間にしわを寄せてそれをにらんだ。
「――夜明けの北の空。それ見てれば幸せになれますってさ」
「……いい加減だな。分かんないよそれ」
「そういうナヨー」
 イッルは再びカードをそろえて、はい、と私に手渡す。
「――やる。言っとくけど前祝いだかんナ。タダで占ってやったんだし。忘れずに見に行けヨ」
「……覚えてたらな」
「忘れんナヨ」
 イッルは口を尖らせる。
「……覚えてたら、私も祝ってやるからサ」
「自分は忘れんのかよ!」
「……うそうそ。覚えててやるッテ」
「そうだぞ。忘れんなよな」
 乱暴に言いながら、イッルの頭を小突く。イッルに向かって微笑みかける。

 イッルがブリタニアに行くと聞いた時、ただただ戸惑っていた。こいつが隣にいない空を飛ぶ自分が想像できなかった。
 でも、そんなもやもやしていた私の気持ちが、少しずつ晴れていくのを感じた。こいつのいないスオムスの空で、私がするべきことが見えてきた気がしていた。
 受け取ったカードをしまいこむ。こいつが私にこれを残してくれた事がうれしかった。旅立つこいつのために何か出来るのが、うれしかった。

 私はここを守っていく。またこいつがここに帰ってくる日まで。
 みんな無事だよ。お前の帰る場所は、ちゃんとここにあるよ。こいつが帰ったとき、そういえるように。
 その決意が、心の中に沁み渡っていくのを感じた。迷いが消えれば、シンプルな事だった。

 シンプルな、筈だった。




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 私とエル姉と壊れたストライカーと。それを載せて基地に向かう軽トラの荷台。そこに座って、風に吹かれながら、流れ去る景色を見ている。
 ポーチの中に手を入れ、中に収めたカードに手を触れた。私とイッルが何度も触れたせいで、角が丸くなったカードの感触。


 イッルはブリタニアに行き、そして一年が過ぎた。

 イッルからは、本当に時々、手紙が届いた。
 どこかにオラーシャの機体のパーツ余ってない? という物から始まって、ほんとにサウナ作ったぞーとか、食生活に文句付けてくるガリア人の同僚へのこっちから見れば同レベルの文句とか、だいぶ前に昇進を申請してもらったんだけど、そっちでうわさ流れてないカナー? とか、仲良くなったオラーシャのウィッチの身の上とかルックスとか仕草とかをやけに浮かれた文で書いてくるとか。大事なことだったり、心底どうでもいいことだったり。
 そんなイッルの手紙を読みながら、あほかと呆れたり、ほっとしたり、寂しかったり。
 あいつの様子が少しでも分かる事はうれしかったけど。だけど。

 時間は残酷だ。あらゆる物の形を、その移ろいと共に変えていく。多分あいつ自身も。そして私の気持ちも。

 あいつが楽しそうにつづる向こうの生活の模様を読むたびに、時々手紙が途絶えるたびに、私の中に寂しさが募っていった。あいつが帰ってくるのを信じていた気持ちが、少しずつ磨り減り、削られていった。
 あいつの中で、私たちの事が、薄れているんじゃないか、いつの間にか、そう考えるようになった。私と過ごした時間。私にとっては大事なそれを、あいつは忘れているんじゃないかって。

 例えば極夜の中で、妖精さんの生態について語る声を聞くこと。寝起きを襲撃されて「今日のフタゴザー。ランキング12位ー」という声で起こされること。背中合わせにストライカーをいじりながら、工具を渡し合うこと。「スパナ」といったのに「しゃけ」とか渡されて面食らうこと。テーブルの上の料理を分け合うこと。
 雪原に投げ出された私を助け起こすお前の手。白い息。その向こうでお前が笑っていたこと。

 大事な私の記憶。またお前が帰って来た時に、お前が同じ様に過ごせる様に。その為に私は飛んできた。これからもそうすると思う。あいつが帰ってきたときに、こう言える様に。
 みんな無事だよ。お前の帰る場所は、ちゃんとここにあるよ。

 ――だけど、お前は?

 おまえはちゃんと、ここに帰ってくるのか? いつになればまた会える? 私はいつまで戦えばいい?
 嫌気と共に振り払っても、何度も私の中に浮かび上がる疑問。私の弱さが焦げ付いた私の感情。

 私はここを守っていく。あの日私がイッルに言った事は、とても大事な事だと思った。今でも、そう思ってる。
 だから、いつしか私が、それを義務の様に感じてしまっている事が、負担に思ってしまっていることが、私にはとても悲しかった。


 体を包む疲れを感じながら、流れ去る景色と、地平線を見ている。イッルが占ってくれた言葉を思い返しながら、北の空を見る。
 何が起こるかはわからないけど、何かが起きるなら、どんなつまらない事でも良かった。

 魔法が欲しかった。あいつの魔法が見たかった。
 見えないもの。信じたいこと。あいつが私に残した言葉が、まだ生きていること。あいつと私のつながりが、まだここにあること。
 それを信じさせてくれる、魔法が欲しかった。あいつを待つ私の弱さを、支えてくれる魔法が。




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 一時半を過ぎた。

「……ロマーニャでですねー」
「……」
「陸軍のライフルを民間に払い下げる事にしたそうなんですよー。それで、その広告がですねー」
「……」
「『新品同様。未使用。ただし一度地面に放り出されたことあり』」
「……」

 明けていく空の中で、鳥がぴいと鳴く。

「……ろ、ロマーニャの戦車にはですね! 4段階のギアがついてるそうです。ローとセカンドとサードとトップ」
「……」
「な、なんとそれがー」
「……」
「全部バックなんですねー!」
 楽しげな声のなかに隠しきれない必死さをにじませて、どこかで仕入れてきた様なジョークを、エル姉が披露し続けている。
「……」
 振り返るといっぱいいっぱいな笑顔。にこにこ。
「……」
 にこにこ。にこにこにこにこ。
「……ごめん、気を使わせちゃって」
 私がそう言うと、うぅ、という声と共に、その表情がくしゃっと歪んだ。
「……ご、ごめんなさいっ!」
 しょげ返るエル姉。
「こっちこそ、ごめん……」
 つらそうな顔してて。すまない気持ちでいっぱいになりながら、私はまた空を見る。

 基地の近くで軽トラを停めてもらって、その荷台に私は座り込んでいた。午前一時半。昇り始めようとする太陽に焦がされ、暗かった地平線が明るさを増していく。空に浮かんでいた星々が、次第に姿を消していく。夜明けが、近づいて来ている。

 ――何も起こらない。

 北の地平線を、私は食い入る様に見ている。作戦はとっくに終わったのに基地にも帰らないで。エルネエまでつき合わせて。その語りかけるエル姉に対して、ろくに口も利かないで、私は座り込んでる。
 きっとエル姉には、私が意地を張ってるみたいに見えるんだろう。自分でもそう思う。
 膝を抱え、明けていく空を見てる。あいつの魔法を待ちわびて。不運の訪れを予感しながら、諦めることが出来ずに。
(……そろそろ、夜が明けるな)
 抱えた膝に頬を乗せた。
(……ま、いい加減だしね、あいつの占い)
 私の中に、ひねくれた気持ちが湧き上がってくる。
 そもそも、何か起こるというのも、イッルの言葉を真に受けた私の勝手な思い込みじゃないか。そう思えてくる。
 思い込み。私の悪い癖。勝手な期待を拠り所にして、それにしがみついて、いつも私は痛い目にあってる。この事も。ストライカーを壊しながら、空を飛び続けていることも。
 どうせ訪れる「ツイてない」結末。何度もそれを味わいながら、止められない私の悪い癖。勝手に期待して、それに向かって突き進んで、それで思い通りにならなくて、意地を張って、だだをこねて。
 なんでこうなるんだろう。私はいつもこうなんだろう。

 しばらくぐじぐじと悩んで、そして私はエル姉を呼んだ。
「――エル姉」
「何ですか?」
 返事が返ってくる。
「もうそろそろ夜が明けるから、帰ろうか――」

 そう。私に足りないのは諦め。そう言うとネガティブに聞こえるなら「程度を知る事」。
 いつまでも意地を張り続けて、自分も傷ついて、エル姉まで巻き込んで。私はいつもそうじゃないか。

「……ニッカさん」
 エル姉が、私の名を呼んだ。
「……」
「そんな事いっちゃ駄目ですよ。エイラさんと約束したんでしょう?」
 エル姉は言う。青い目がまっすぐに私を見つめている。
「……だけど、そうかもしれないけど。こんなの、なんだか私だけ意地になってるみたいじゃないか。
 あいつのいい加減な言葉に付き合って、基地にも帰らないで、エル姉にだって迷惑かけてさ」
「ニッカさん」
「……」
「……エイラさんは私たちの事を、今でも気にしてくれているんです。
 ニッカさんの事も、きっと今日はお祝いしてくれてるはずです。その事は信じてあげなくちゃだめです」
「うん……でも」
 そうかもしれないけど。そうだといいけど。
 だけど私は、イッルがくれた言葉の結末を見るのが怖い。墜落するのは耐えられても、イッルとの事まで私の思い込みだと分かってしまったら、
「……こんな事でまでツイてないって事になったら、やっぱり嫌で……だから」
「ニッカさん」
 落ち着いた声で、エル姉が私を呼ぶ。
「――ニッカさんがハンガー掃除をしていた時、どういう事を考えましたか?」
「……え?」
 あの頃。私が空を追われていた頃のことを、唐突にエル姉は言う。飛び立つ戦友たちを見ながら、暗いハンガーにこもり続けたあの頃。
 イッルは変わらぬ調子でちょっかいを出してきたり、エル姉に慰められたりしてくれたけど。そうして私は、空に戻ってきたけれど、そのとき私は──
「……別に。何で、とかそういうことばっかりで、ただ悔しくて」
「言い続けてましたね。『空に戻りたい』って。事あるごとに」
「……うん」
 馬鹿みたいだけれど、その時はそれしか考えてなかった。
「だからニッカさんは、またエイラさん達と飛べるようになったんですよ。だから今も、スオムスの空を飛んでるんです。スオムスを守るウィッチとして」
「そうかな……」
「ニッカさんは、譲らない人じゃないですか」
「そう、かもしれないけど……」
 確かにそうかもしれないけど。あの時だって、イッルのこととか、スオムスのためとか、そういう事を考えてたんじゃなくて。今だって、ただ私は、自分の事ばかり考えてて、無理やりエル姉を付き合わせて──
「……私はわがままで、子供で。だからそういい続けてるだけで……」
「だからですよ」
「え?」
「ニッカさんがそういう人だったから、ニッカさんはここに帰ってこれたんです」
「……」
「エイラさん、すごく喜んでたんですよ。あいつは単純で、バカで、すごいナって」
「……」
 ……喜んでるのはいいけど、それは褒めているのかイッル。エル姉の言葉は続く。
「それに、あなたが空に戻って行くのを見送りながら、私も思ったんです。ニッカさんが、くじけずに居てくれて良かったって。あなたがそういう人で良かったって」
 空を見上げ、夢見るようにこの人は言う。
「――嬉しかったんですよ」
 エル姉はそう言って、私の顔を見る。やわらかい微笑み。その顔を見ているのが気恥ずかしくなって、私はうつむく。
「……」
 私のは、そんな立派なことじゃないと思うけど。ただの我がままじゃないかって思うけど。褒められてるかどうかかなり疑問だけど。
 私がまた墜落したのを聞いて、飛び出してきてくれたこの人。なんで? と聞いた私に向かってきょとんと、「お誕生日に怪我して一人で帰ってくるなんて、いけないじゃないですか」と答えたこの人。その人がそういってくれる。私はそれでいいと言ってくれる。

「……それにですねぇ。このまま待って、もし何も起こらなかったら、二人で言ってあげませんか?
 『ずっと待ってたんですよ!』『ひどいじゃないかっ!』って。エイラさんが帰ってきたら」
「……。反省しないよあいつ」
「……そうですね。きっと『ゴメンゴメン』で終わりですね……」
 あはは。エル姉は笑う。
(……かなわないなぁ……)
 その笑顔を見ながら、私も照れた笑みを浮かべる。
 やっぱり、私は子供だ。この人やイッルに甘えるだけの。ただ我がままを言い募るだけの。でも、この人はそれでいいといってくれる。一緒に待ったり怒ったり、そういう事をしてくれる。私と同じぐらい、イッルの帰りを待っているこの人が。
 エル姉が私を見ている。――だから、ね? その目が優しく問いかけている。

「そうだね……」
 果たされなかった約束。望まれただけの奇跡。そんなものはいくらでもあるけれど。空を無事に飛ぶことも出来ない、私はそれを知っているけれど。
 イッルが私に残した言葉。
 イッルに私が誓ったこと。
 こんなにも求めているイッルの魔法。私は多分、どれも捨てない。この人が、イッルがそういってくれるなら。

「……夜明けは、まだ来ていないから」
 あきらめない。あきらめられない。
 何回墜ちても、空に嫌われても、飛ぶことをやめない「ツイてない」ウィッチ。それが私。
「だから、待つよ」
 悲観に怯えるなんて、私らしくない。
「――私は待つ。」
 座り直して、私は空を見上げた。

「ニッカさん」
 私の名前を呼びながら、エル姉の手が私の頭に触れる。さわさわと、やさしく頭をなでてくれる。
「……あ、あのっ、エル姉……っ!」
 なんか、恥ずかしいんだけど……っ。という私の声に構わず、頭を撫で回すエル姉。
「……そ、そういうのいいから! いいからお茶ちょうだい!」
 慌てて首をすくめ、後ろに手を伸ばす。
「……喉渇いた」
「はい」
 笑いながらエル姉が言い、きゅぽん。と魔法瓶のふたをひねる音。こぽこぽと音を立てて、エル姉がお茶を注いでくれる。
 こぽこぽ。こぽこぽ。お茶を注ぐ音。
「(ありがとう……エル姉……)
 膝に顔をうずめて、穏やかな気持ちで、その音を聞く。
「……」
 こぽこぽ。こぽこぽ。
「……」
 こぽこぽこぽじゃばじゃばじゃー。
「……エル姉っ!?」
 漏れてる! お茶漏れてるから! 非常事態を告げる音を聞いて振り向くと、魔法瓶のお茶をだだ漏れさせながら、エル姉がぼーっとしている。
「エル姉ストップ! ストーップ!」
 エル姉の手にあった魔法瓶を奪い取る。ぱたたっと音を立ててお茶が荷台の上に滴る。
「……エル姉どしたの? 大丈夫?」
「……あれ」
 お茶がなみなみと注がれたカップを手に持ったまま、エル姉が私の後ろに広がる空を見ていた。
「……なに?」
「ニッカさん……あれ……」
「……?」
 空を指差すエル姉。
「なに?」
「……いいから見てください」
 私は振り返る。

「え……」

 私の視線が、空の中に釘付けになる。
「……見えましたか?」
 声を潜めてエル姉が聞く。
「……」
「……あ、また」
 エル姉の声。何も言えぬまま、私は北の空に目を凝らす。

「……」


 ――茜色の地平線。そこから空へ飛び上がる、銀の光。




    ------------------------------------------------------------



「……どうしたの?」

 突然耳をぴんと立てて停止し、エイラが空の中を漂い始めた。
 月の光の下では銀色に見える髪を風にはためかせて、エイラは昇り始めたデネヴの方角、北東の空に顔を向けている。

「……何か視えた? ネウロイ?」
「ん?」
 エイラは振り返り、少し困った顔。
「あー、ごめんごめん……そういうのじゃなくてサ……」
「?」
「……あー、その、もうそろそろ、夜明けかなっテ」
「夜明け? 今、夜中よ」
「そうだナ……そうなんだけどナ……」
「?」
 何ていったらいいカナ……。エイラは人差し指を立てたまま両手をうろうろ動かして口ごもり、
「あ……」
 何かを感じた様に、急にまた北東のほうを向いた。
「……?」
 つられてその先を見る。電波が良く届く空の向こう。地平線のかなた、雲の向こうに、ちらりと小さな光が流れた。
「……エイラ。今の……」
 隣を漂うエイラの顔を覗き込む。
「……」
 はためく銀の髪の中で、その光をエイラは見つめている。満足げな微笑みが、その口元に浮かんでいる。
「――。」
 その口元から漏れる、かすかな呟き。

 そしてエイラは夜空の中で身を翻す。そのまま降下して、雲の上を滑る様に飛んでいく。振り返って私を呼ぶ。

「――行こうヨ! サーニャ!」

 うん、と戸惑いながら答えて、さっきの方角を振り返った。北東、スオムスがある方角。あの空の下に居る誰かに、語りかけていたエイラ。
「……サーニャ?」
 どしたの? 急に心配そうな顔で、エイラが私を呼ぶ。背面飛行をしながら、手を伸ばして私を招いている。
「うん」
 その手を見失わないように、離さない様に、私はエイラの後を追う。

 速度を上げながら、もう一度スオムスの方を見た。今はもう、静まり返っている地平線。そこに見えた光。あれは、

(……流れ星……だったのかな?)



    ------------------------------------------------------------



 地平線から飛び上がる光が、天頂を掠めて流れ去っていく。
 やや離れたところから地を這うように一筋。続いて三条の星が地平線すれすれから墜ちていく。

 暁の地平線から出て、空を走る流星。飛んでったまま帰ってこなかったり。墜落したり。そうしながら飛んでいく星々。
「……私みたいだって言いたいんだろ」
 ──これを見てたら、オマエ絶対そう言うね。
 うれしさとか照れとか、そんなものがごちゃごちゃになった感情が湧き上がると同時に、悪態が口をついて出てきた。

 太陽が登り始める空から、暁の光から逃れる様に空を走り去っていく銀の筋。朝の光に追われ、消え行く星を惜しむように、星々の中を走り抜けていく流星。荷台の上に立ち上がって、私はそれを眺める。

(……イッルの占い、当たったんだ。)

 口の中で呟く。得意そうなあいつのニヤニヤ笑いを心に浮かべながら、心の中であいつに向かって語りかける。
 イッル。当たったよ。お前のいい加減な占いが、珍しく当たったよ。お前が占ってくれた事が、ちゃんとここに届いたよ。予知でも水晶占いでもいい。お前にこれを見て欲しいよ。ここにいないあいつに向かって、少しだけそう願う。でも。
 見えてるよ。私が見てるよ。エル姉も一緒に。みんなここにいるよ。お前の帰る場所は、ちゃんとここにあるよ。だから、

(……ちゃんと帰って来いよな……)

 会いたいんだからさ。
 あえないさみしさとか不安とか、そういった物が焦げついた感情が洗い流されて、私の中にイッルを思う気持ちが湧き上がってくる。あいつと過ごした時間を、懐かしく思い出す。

 例えば極夜の中で、妖精さんの生態について語る声を聞くこと(聞き流すこと)。毎朝寝起きを襲撃されて「今日のフタゴザー。ランキング12位ー」という声で起こされること(全世界の双子座に謝れ)。背中合わせにストライカーをいじりながら、工具を渡し合うこと。「スパナ」といったのに「しゃけ」とか渡されて面食らうこと。テーブルの上の料理を奪い合うこと。

(考えてみればロクな思い出じゃないけどさ……。)

「ニッカさん」
「……なに?」
「ニッカさんのそんなうれしそうな顔、久しぶりです」
「……そ、そう……?」

 雪原に投げ出された私を助け起こすお前の手。白い息。その向こうでお前が笑っていたこと。
 一年越しで確かめるお前の魔法。今日もどこかでニヤニヤ笑っているお前の顔。

 あいつがくれたうれしさを一つ一つ思い返す。遠くても同じ青い空の下を、あいつが飛んでいる事を思い出す。
 私の心が、あいつの帰りを、また楽しみに待ち始める。

「よかったですねぇ」
 エル姉は満面の笑顔。
「え、うん……。でも困るよね……あいつ」
 その笑顔が照れくさくて、ごまかすように苦笑いしながら肩をすくめる。
「普段はろくなことしないのにさ、たまに、こういう事するからさ……」
「……ニッカさん」
 エル姉が呼びかける。もう、と、笑いながら私をたしなめる。
「素直に喜んでいいんですよ。今日はどれだけはしゃいでもいいんです」
 エル姉はそう言って、おどけて片目をつぶってみせた。
「――お誕生日なんですから」

「……そうだね」
 肩をすくめてまた照れ笑い。
 そして私は空を見上げる。空を走り抜けていく銀の軌跡。

「――うれしいよ。」

 イッルが告げた空の景色を、あいつがくれたこの瞬間を、抱き留める様に両手を広げた。


----


「――それは昼間流星群です。曹長」
「は?」

 基地に帰って装備を片付けて、もはや習慣と化した掃除を済ませて戻ってきた私を、ハッキネン司令の声が迎えた。司令は紅茶を手に、今日の戦闘の報告書を見ている。そしてその隣で、なぜかおろおろしているエル姉。
「……なんですか、それ?」
 どしたの? 何言ってんのこの人? とエル姉に向かって首をかしげると、エル姉は「ごめんなさいっ!」と私に向かって手を合わせた。
「……さっきのこと、問い詰められてしゃべっちゃいました……」
 そう言って縮こまるエル姉に、司令は冷たい眼光を浴びせる。
「――作戦中に飛び出していったあなたが悪いのですよ?」
「……あぅ……」
「私に無断で出て行ったあなたが悪いのですよ?」
「……う……」
「なのに私の前で不自然に機嫌良さそうにしてるあなたが悪いのですよ?」
「……そんなぁ……」
「あのー」
 司令に畳み掛けられて涙目になってきたエル姉を見て、私は間に割って入った。
「――何ですか曹長」
 ふん、と司令はつまらなさそうに鼻を鳴らして、眼鏡ごしの視線を私に投げてきた。
「その、何なんですか? その……」
 尋ねると、司令は報告書を手に取りながら話し始める。
「……昼間流星群です。太陽の近くから、昼の間に降ってくる流星の群れ。電波での観測は可能ですが、肉眼では見ることが出来ないんですが……」
「へぇ……」
「……見えないけれど、今も空を流れている。そんな星々です。明け方に見られる事がまれにあるそうですけれど――毎年この時期に来るのですよ」
 司令は目をあげて、私を見た。
「――味気ないですか? この結論は」
「いえ。そんなことは、ないですけど――」
 私の返事を聞いて、司令はにこりともせずに頷いた。
「宜しい。ならばさっさと部屋に戻って寝なさい。午後まで」
「え? あ、はい。言われなくても寝るつもりですけど、午後?」
 なんだか余計な命令がくっついてきたので聞き返すと、司令はじとっとした目でエル姉を見た。
「……どうしてもお祝いしたいと勝手に言ってるくせに、支度に手間取っている人がいるんですよ。
 こうなってしまった以上、時間をあげるのが主役の勤めだとは思いませんか? カタヤイネン曹長」
「――あっあのっ、そういうことはご内密に……っ!」
 慌てて司令の袖を引くエル姉。それに向かって、司令は、はぁっ、と大仰にため息をつく。
「……今更ご内密にもないでしょう」
「だからって……」
「隠し通せるつもりですか?」
「だ、大丈夫…です……」
「曹長を部屋から出さないように、下手な言い訳をするつもりではないですか?」
「……まさか……」
「『あっあのっ! 熊が基地に侵入してきてっ!』とか。『あの缶詰をたくさんたくさん開けてるんです! においますよ!?』とか。そんな事を言うつもりではありませんか?」
「……そんなこと……」
「ありませんか?」
「……ありません……」
「あるでしょう」
「……うぅ……」
「目に浮かぶようです」
「……ひ、ひどいですハッキネンさん!」
 半泣きのエル姉に対して無情にも断言する司令。
「あのー……」
 蚊帳の外に置かれて立ち尽くしていると、司令は私のほうを振り返って眉をひそめる。
「──まだ居たんですか」
「やー、でも、エル姉が……」
 うずくまって頭を抱えながら、そんな事言いません、言いません、と呟くエル姉を視る。この人ここにおいといていいんだろうか……。
「彼女は大丈夫です。すぐに立ち直りますから」
「――前向き前向き!」
 司令の言葉が終わると同時に、エル姉は頬をぺちぺち叩いて立ち上がる。すげぇ。

「――ほらほらニッカさん、そういう訳ですから!」
「……え、ちょっと」

 速攻立ち直ったエル姉に背中を押されて、追い立てられるように部屋を追われていく。部屋の外に突き出されて、ばたん、と廊下に閉め出された。
「……ちょ、ちょっとエル姉!」
 慌ててドアを叩く。ドア越しにエル姉の声。
「……というわけでニッカさん。しばらく我慢してくださいね。大丈夫です。寂しいのはちょっとだけですから!」
「なんだよそれ。っていうかそんな無理して準備しなくてもいいってば! 今日付き合ってくれたんだし! ほんとに」
「いいんですってばー」
「だけどエル姉がそこまでしなくても……そりゃ私が手伝うって言うのも変かもしれないけど!」
「駄目ですよ。変とかいう以前に、ニッカさんすぐに物を引っくり返すんですから」
「そんなことしないよ! ひどいじゃないか!」
 私の声に応えるエル姉の笑い声。その声が遠ざかっていく。

「……いいのかなぁ……」
 閉じたドアの前で立ち尽くす。今日はなんだか、この人に甘えてばかりで。
「お返し、しなきゃな……」
 私にとっては、イッルと同じぐらい、この人が大事で。数日後にあるエル姉の誕生日。その事を考えながらきびすを返して、部屋に向かって歩き出した。


 朝日が昇り始めて、オレンジの陽が射す廊下。その中を、部屋に向かって歩いていく。
 がらがしゃーん、と食堂の方からなにかをひっくり返す音と、「……あなたも寝なさい」という呆れたような声が聞こえる。
(……何やってんだよあの人。)
 私の顔に浮かぶ苦笑い。にぎやかに過ぎていくカウハバの日々。こんな事を繰り返しながら、私たちの日々は過ぎていく。

(……あいつに言ってやらなきゃな……)
 廊下を歩きながら、あいつに、久しぶりの手紙を書こうと思った。
 今日の事も。私やエル姉やみんなが、あいつの帰りを待ってる事も。だからお前も、無事に帰って来いって事も。手紙にしてあいつに送ろう。今日感じた嬉しさと、無事を祈る気持ちを、あいつに伝えよう。
 用もないのに手紙書くなんて、私もあいつも、柄じゃないって思うけど。……今日は特別。あいつの魔法が届いた日だから。私の、誕生日だから。


 ポーチに手を入れる。イッルからもらったカードに手を触れながら、今日思い出したものを確かめる。
 あいつを待つ日々の中で、見失いかけた、私とあいつとのつながり。私があいつを待つ気持ち。

 見えなくても、きっとここにあるもの。
 ポーチの中のカードの縁。そのやわらかい丸みを、指先でそっと辿った。


おわり



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