ストライクウィッチーズのSSを書いてます。 その他百合中心で書くつもりですが、普通の日記も書くかも。
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SS「アダージオ, コン・アフェット」 (ミーナ&サーニャ, 9KB)
アダージオ, コン・アフェット


「サーニャちゃんって、なんか照れ屋さんですよね」
「……とってもいい子よ。歌も上手でしょう?」


────────


 遠慮がちなノックの音が聞こえて、書類から顔を上げた。
 どうぞ、と言いながら、部屋の隅にある時計を見る。
 部屋に持ち込んだ仕事を片付けているうちに、随分時間が経っていたらしい。美緒が扶桑に行ってしまってから、私とトゥルーデは大忙しだ。薄橙の電球の明かりで満たされた部屋で、私は少し伸びをする。

「…失礼します……」
 小さな声が聞こえて、ゆっくりとドアが開いた。布巾をかけたトレーを持ったサーニャさんが、ドアの影から姿を見せる。

「……食事を持ってきてくれたの? ありがとう」
「ミーナ中佐が、今日は食事の時に来られなかったので」

 サーニャさんはおずおずと部屋に入ってくる。私のデスクの方から視線を外さずに、一歩一歩歩いてます、
と言うような硬い動き。トレーを持つ肩がこわばっている。
 彼女がここに来るのは確か初めてだし、緊張しているのがありありと分かった。
 部屋の主としては、そんなに硬くならなくてもいいのよ、とは言いたくなるけど、上官の部屋なんてそんなものだろう。私だって、気心の知れない人の私室なんて好んで入りたくはない。
 そんな事を考えていると、サーニャさんが、机のそばまで来たところで立ち止まった。ブックエンドで支えられた本やレコード。それをサーニャさんが、じっと見ている。

「?」
「…あ…ごめんなさい」
 私が見ている事に気付いて、慌てて謝るサーニャさん。
 いいのよ?、と微笑みながら言うと、サーニャさんはばつが悪そうにうつむいたまま、トレーを運んで、
机の上に開いたスペースにトレーを載せてくれた。掛けられた布巾を取ると、ボルシチの甘酸っぱい匂いが漂う。

「……暖め直しましたから」
「そう……ごめんなさい。夜間哨戒の仕事もあるのに」
「いえ…」
「今日はサーニャさんが食事当番だったのね」
「はい…」
「オラーシャ料理はみんな喜んでるのよ? おいしいし、手を掛けてくれてるから」
「いえ…」

 真っ赤になってお辞儀をしながら、また机の上に視線を走らせる。

「ああ…それね」
 私もそこに視線を向ける。私の部屋に入ってきて、彼女が最初に目を留めたそれ。
 ──この子がこれだけ興味を示すなんて珍しい。
 部隊の中で、エイラさんが傍にいるか、寝ているとき以外、どこか緊張している様なサーニャさんの様子が、私はずっと気になっていた。
 格子の向こうからいつもこちらを眺めているような子。何かが手に入らないとあきらめているように見える彼女。そんなサーニャさんが示した意志を、汲み取って応えるのは上官の務め。

 笑いながら机の上に立てられた、レコードの束を取り出す。

「──時間があるなら、見ていく?」

 彼女にそれを差し出すと、サーニャさんは小さな声で「…はい」と答えた。

----


「カールスラント語だけど、大丈夫かしら?」
「はい…オストマルクにいましたから」
「……そうだったわね」

 部屋の中央にあるベッドに座り、脇に私のレコードを積んで、サーニャさんはレコードのライナーノーツを読んでいる。
 きちんと膝をそろえて腰掛けたまま、何も言わずに見入っているので、私もサーニャさんをそのままにして、彼女が運んできてくれた食事を食べた。
 ボルシチの中のよく火を通したキャベツとビーツ。中の肉の旨味を残したままふわりと焼かれたピロシキ。サーニャさんが丁寧に作ってくれたそれらを口に運びながら、背後でサーニャさんがページをめくる音を聞く。

「…これ、レコードになってたんだ……」

 サーニャさんの小さな独り言が聞こえて、私はふっと微笑んだ。
 サーニャさんがウィーンで音楽を勉強していた事は、入隊の時に受け取った資料で読んだ。それが彼女のお父さんの勧めだった事も。ご家族が今は、ネウロイに故郷を追われてウラル山脈の向こうにいることも。
 サーニャさんにとっても、音楽は辛い記憶と結びついてる筈だけれど──

 ──それでも、好きなのね。

 気付かれないように振り返る。ライナーを覗き込んで、熱心に読んでいるサーニャさん。

 広間に置かれたピアノを、彼女が時々弾いている事は、私も知っている。
 夕方、基地に人が少ないときを見計らって、サーニャさんはピアノを弾く。
 声をかけると逃げてしまうから、彼女のピアノに気付いたときは、私はいつも気付かれないように、近くの執務室で耳を傾ける。他のみんなも彼女が照れ屋な事は知っているから、ピアノが聞こえる時は、あまり部屋から出てこない。隣にいても大丈夫なのはエイラさんぐらいだった。

 ウィッチとして戦争に出ても、最前線に送られても、サーニャさんが弾きたいと思っているピアノ。
 あるときは軽やかに、あるときは哀しげに響く澄んだ音の連なり。
 日暮れ時になると、それが聞こえてこないかと、私は時々耳を澄ましている事がある。

「あ…」
 サーニャさんのつぶやき声が聞こえて、思わず私は振り返る。
 サーニャさんは既に見てしまった何枚かのを横に置いて、一枚のレコードを手に取っていた。

「どうしたの? サーニャさん」
「あの……」
 サーニャさんが手に持ったレコードのジャケットを私に見せる。
 目を驚いて見開いたまま、そこに写る写真と私を交互に見比べている。

「あ、ああ……それね」
 どこかにしまっておいたはずの一枚が、サーニャさんの手に握られている。
 あまり人に見せたくはない一枚。トゥルーデ達ならともかく、サーニャさん達に見せるのは、特に恥ずかしい一枚。
 羞恥の気持ちがこみ上げて、顔がかぁっと熱くなるのを感じた。

「ええ……私よ」
 ジャケットに写っている歌手、ドレスを着た私の姿を見ながら、私は言った。

「……昔、勧められて吹き込んだの」
「そうなんですか……」
 サーニャさんはまじまじとジャケットを見ている。
「……やだ。あんまり見ないで。なんだか恥ずかしいのよ、それ」
「……!」
 私が笑いながら言うと、サーニャさんは慌ててそのレコードを横に置く。
「ごめんなさい……」
 サーニャさんは膝をそろえてうつむいてしまう。
「ごめんね。それあまりうまくいかなかったから、今でも少し恥ずかしいのよ」
「そうですか……中佐は、歌を歌っていたんですね」
「昔ね。最初は手習いのつもりだったんだけど、結局声楽の勉強まですることになっちゃって」
「そうだったんですか……」

 それを初めて聞いた、と言うかのように、サーニャさんは呟いた。
 戦争が始まる前に私が歌手をやっていた事は、別に秘密にしているわけではないけれど、サーニャさんが知らなかったのも無理はない。私事に関しては、私は美緒のように隊員の中に積極的に混じっていく方ではなかったから。フラウか美緒が談笑の中で誰かに話したかもしれないが、それもきっと、サーニャさんの耳に入っていなかったのだろう。

 うつむいていたサーニャさんが顔を上げる。小さな口を開く。
「あの……中佐は……」
 小さく、抑揚の少ない声で、でも私に聞こえるようにはっきりと、サーニャさんが聞く。
「ミーナ中佐は……今でも、歌いたいですか……?」
 緑の瞳が悲しみを湛えて私を見ていた。

「ええ……」

 サーニャさんのその視線が、じわりと暖かく私の胸にしみた。

 ……感情を表に出しづらかったり、つい引っ込み思案になってしまったりするけれど、サーニャさんは、とても優しい子だ。
 この部隊には手のかからない人も多いけど、それでも、故郷が恋しかったり、戦いに怯えている子達がいる。そんな彼女達を、サーニャさんが今と同じ表情で見ていた事も、私は知っている。
 自分もそうだったから、きっとそれを何とかしてあげたくて、それでも、彼女に出来ることは少なくて。多分そう思った時に、この子はこんなとても悲しそうな顔をするのだと。

 私は微笑みながらデスクを離れ、彼女の隣に座った。身をかがめて同じ目線でサーニャさんの顔を覗き込む。

「……私の事を気にしてくれてるのね。ありがとう」
「……! いえ……」
 驚いて私を見つめ返し、うつむいてまた頬を染める。
 サーニャさんの顔に浮かんでいた悲しみが影を潜めているのを見て、少し安心して微笑む。自分の事を悲しんでくれる様な、とても優しい子だからこそ、あまり悲しませたくはないから。

「歌は歌いたいけど……私には大事な仕事があるもの。
 ……戦争を終わらせたいから、今はこうして頑張るの」

 心配しなくても大丈夫よ、ありがとう。うつむいたままのサーニャさんに語りかける。
 ……この子を駆り立てた戦争の是非を問う事は、今の私には出来ない。それでも、せめてこの子が、元のようにピアノを弾く日を楽しみに思って欲しい、そう願いながら、私は彼女に語りかける。

「本当は、あなたの様な人が戦わずに済めばいいんだけど……。
 でもだからこそ、今は私が頑張らないといけないの。
 サーニャさんみたいな子が、またピアノを弾けるように」

 私がそういうと、サーニャさんは、膝の上においたままの小さな手を握り締めた。

「でも、それなら……中佐だって……そうです」

「そうね……」

 サーニャさんが言ってくれたことに、私は同意する。
 サーニャさんが言ってくれたこと。美緒もトゥルーデもフラウも、分かってるからこそ言わない事。
 戦争が終われば、私も歌うべきだと、サーニャさんは教えてくれる。
 自分が本当ならばしたかった事。
 部隊長として心の奥底にしまっておくべきだと思っていたものを、私は望んでいいのだと、彼女は伝えてくれる。
 儚げで、引っ込み思案で、そしとても心優しいこの子が。

「……また、歌いたいわね」
 ありがとう。ゆっくりと、感謝の気持ちを込めて、サーニャさんの頭に手を置いた。
 ようやく微笑んでくれるサーニャさん。
「その時は……私、ピアノ…弾きますから」
 一輪の百合のように可憐な笑みが、私に向けられる。
「ありがとう……」
 彼女の気持ちがうれしくて、サーニャさんの柔らかい銀髪を撫でる。サーニャさんくすぐったそうに目を閉じた。

「……それにもし、そういう時になったら、きっとエイラさんが黙っていないわね」
「……え?」
「『サーニャに伴奏させロヨー』って、きっと聞かないわよ?」
 特徴のあるエイラさんの口真似をしながら、片目をつぶってみせる。
「あ……」
 また真っ赤になってうつむいてしまうサーニャさん。

 ──近いうちに、またサーニャさんのピアノが聞ければいいんだけど。
 夕刻の基地に響く澄んだ音を楽しみにしながら、私はもういちど彼女の頭を撫でた。


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